最新動向/市場予測

大学職員の人事制度改革の必要性・タイミング

働き方改革関連法論点に合わせタイミングは今か

イノベーションを達成するため、大学の担う役割は大きく、新しいアイディア・研究成果の創出や有能な人材輩出などが期待されている。しかし、こうした期待が大学を支える大学職員まで浸透し、大学が一体となって期待に応えるよう改革を進める状況は作られていないことが多い。本稿は、大学経営を支える大学職員の人事制度(採用・評価等)にフォーカスし、海外大学の事例も参考に言及する。

大学職員を取り巻く環境の変化

 国際競争が進む中、 「成長の鍵はイノベーションにある」、と認識する国も多く存在するだろう。そして、イノベーションを達成するため、大学の担う役割は大きく、新しいアイディア・研究成果の創出や有能な人材輩出などが期待されている。しかし、現実としては、こうした期待が、大学を支える大学職員まで浸透し、大学が一体となって期待に応えるよう改革を進める状況は作られていないことも多い。

 最近では、学内方針に対する事務局の影響度合は一定あるとされ、その範囲も事業計画、財政計画、施設計画、学生支援、就職支援にまで及んでいる。文部科学省中央教育審議会大学分科会でも、大学の事務職員等の在り方が議論されるようになり、国際競争力等を高めるために大学改革が進むなか、大学職員に期待される役割は従来とは大きく変わり始めていると言える。平成28年3月31日公布「大学設置基準等の一部を改正する省令(平成28年文部科学省令第18号)」により、平成28年度から各大学におけるSD(スタッフ・ディベロップメント)が義務化されたことからもこの潮流が窺えるだろう。

 こうした背景を受け、本稿では、大学経営を支える大学職員の人事制度(採用・評価等)にフォーカスし、海外大学の事例も参考に、言及していきたい。

 

日本における大学職員を取り巻く状況

 大学職員への期待は大きく変わっているが、我々が、多くの大学職員と日ごろ接している限りにおいて、業務や人事制度は旧来から大きく変わっていないと認識している。そして、個々人の業務に対する意識も大きくは変わっていないのではないだろうか。

 大学職員の業務は、総務、人事、財務、研究支援、施設管理など多岐に及び、求められる知識は分野により全く異なっている。多くの大学では、採用時から数年おきのジョブ・ローテーションにより複数の部署を経験し、適性を見定めた後に、特定分野でのキャリアを積んでいくような制度を採用している。そして、基本的にはスペシャリストではなく、ジェネラリスト養成に主眼が置かれているため、専門知識がなくてもスムーズに仕事を進めることができるよう、業務をマニュアル化していき、前例踏襲で業務を進めていくことが大切にされている。

 こうした職務文化の中で実施される職員の人事評価は、通常業務をいかに滞りなく実施できるかに重きが置かれ、新規事項を積極的に実施する組織文化は薄いと言わざるを得ない。また、大学職員に求められる役割が変わったといえ、強い年功序列制度によりポストに就いた役職者は、現在の大学に求められている役割とは異なるコンテクストを経験してきたため、積極的な制度変更を採用することが難しかったものと考えられる。こうした旧来からの人事制度の影響もあり、変わりゆく市場の中で大学職員の役割・意識も従前通りの状況にある、ということが多くの大学の現状であると推察できる。

 

欧米の大学における大学職員を取り巻く状況

 欧米の著名な大学では、事務職員制度が日本とは大きく異なり運用されている。最大の特徴は、異動制度が存在せず、大学が各ポジションで応募を行っているということと、各ポジションの役割と目標が明確に設定されている点である。大学職員は日本のように総合職という括りで採用されず、仕事内容を明確にした各ポストで募集をかけ、応募者から採用を行う。そのため、専門知識を有する専門家がポストを獲得し、大学運営を行っていく形態になっている。

 英国の公立大学であるImperial College Londonの広報部門にインタビューを行った際、新聞記者等のメディアにいた人材をスタッフとして採用し、広報活動を実施しているということであった。また、スイスの公立大学であるETH Zurichにおける国際担当スタッフも長期間にわたり国際関係の職に就いてきた方々である。彼らに共通するのは、大学内で最も当該分野の知識・経験を有していると自他ともに認めていることであり、その分野のプロフェッショナルとして、大学経営に関与している。

 また、各ポジションの職務内容も明確に記されていることも大きな違いとして挙げられる。いわゆる、ジョブ・ディスクリプションである。契約文化が進んでいる欧米では、契約を交わした業務内容以外のことは行わない可能性が高いため、ポストを募集する際に、非常に明確に示されている。豪州のMonash Universityを例 としてみてみると、ランクに合わせて、職務内容や給与だけではなく、組織内での位置づけ、ポジションの目的、主要な責任分野、選考基準、業務に関する情報やコンプライアンス事項が事前に明記されており、非常に明解なものとなっている。

 大学職員は大学業務の専門家という位置づけにされているため、研究・教育の専門家である教員は、信頼して大学職員に大学運営業務を任せることができている。そして、職員もこうした期待に応えるために、積極的に大学業務を推進している状態となっている。

 

市場にあわせた人事制度の役割・改革

 国内外での違いは大きなものがある。そもそも人事制度は、大学がどのような業務を職員に求めているかを定義し、それに合わせて実際にどう日ごろの業務遂行を意識していくかの指針となるものである。そして、その求めている役割を各人に主体的に行ってもらうに資するインセンティブ設計が重要となる。つまり、大学の経営上、何かを達成・遂行するためには、どの業務があり、誰が実施し、その実施レベルとしてどの程度の品質を求めるか、などが一定明確になっていることが重要である。

 大学職員に求められる業務は、定常業務と非定常業務に分けられる。定常業務は、奨学金処理や授業登録のように大学サービスが円滑に行われるためには、欠かすことができない業務で、これまで大学職員が大半の時間を割いて担当してきた業務である。こちらに関しては、大学運営上、何を行い、だれが実施する、ということが決まっており、その達成レベルにも正解・不正解が一定見える業務であることが多い。 

 一方、非定常業務は、新規企画や業務改善といった業務であり、だれがどういうレベルで何をすべきか、ということが明確でない分、よほどそれを促進する仕組みがない限り、こうした業務実施は効果が発現しにくい。また直近では、非定常業務の割合が段階的に増えているのではないだろうか。

 これまでの大学では、定常業務をミスなく円滑に実施しているかどうかが人事評価の大きな基準となっていたが、大学の置かれた市場環境に鑑み、経営意識を持った職員や非定常業務への対応力のある人材を育成していく必要性が増している。そのためには、定常業務の評価割合を限定し、非定常業務の評価割合を大きくしていくことが大切であるし、また、上述の通り、非定型業務実施へのインセンティブの仕組みを作り上げていくことが重要である。 そうして再考された人事制度は、市場感に合った人材を育成・採用できる基盤になり得る。

 

今は人事制度を再考する絶好のタイミング

人事制度を見直す、というタイミングについて、今は絶好のタイミングであると考えられる。

2018年6月29日、「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」(働き方改革関連法)が成立したことは一つの契機となる。正確には、「働き方改革関連法」という法律ができたわけではないが、労働基準法、労働契約法など従来から定められている労働関連法規の改正案が、一括して国会に提出され、審議された。もともと裁量労働の拡大、長時間労働の是正などを定める労働基準法の改正案が、3年前の通常国会に提出され、審議されない状態が続いていたが、それが働き方改革のもとに再構成され、今年の通常国会に提出されたものである(2018年12月現在)。本関連法の成立や大学が置かれた状況に鑑みるに、単なる法改正論点と捉えるより、大学の人事戦略的基盤構築のきっかけであることは間違いない。本改革により、例えば以下の図表のような論点が挙げられる。

<図表 働き方改革関連法論点と背景>

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 特に各大学が懸念しているのが、労働契約法を中心とした、いわゆる”同一労働同一賃金”に向けた変更から受ける影響だろう。本稿おいて、この論点の詳細は言及しないものの、一つ重要となる対応として、「だれが何の業務を遂行するか明確にすること」、また「その遂行に対する処遇の適正化」である。つまり、上記の働き方改革関連対応の過程において、各大学が求める職員像を明確にしつつ、その像に対する役割定義と処遇を検討し直すことで、現在の大学が置かれる市場感に合った制度設計を検討することがポイントである。 

 

最後に

 今回は、変わりゆく大学市場の中、職員に求められる役割も当然変わるであろうという前提のもと、変化に応じた人事制度の必要性とその変化のタイミングについて言及した。 

 文部科学省は、研究資金や教育プログラムを利用し、教員組織を変革することで大学改革を促していると受け取ることもできる。しかし、大学を支える大学職員の変革なしには、大学経営や大学改革が成功することはないだろう。まず改革の第一歩として、人事制度の重要性や変革のタイミングについて理解が深まり、具体的なアクションに結びつける大学が増えることを望んでいる。

 

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